第24回樫柔会総会(平成16年1月24日)
平成16年1月24日(土)小田原宮小路「中華菜館 いろは」において樫柔会総会が開催されました。例年1月下旬の土曜日に開催され、今回で24回目を迎えました。本年の出席者は、15名で高校5回卒から31回卒までの会員により、有意義な情報交換が行われました。
平成16年総会出席者(敬称略)

高校   5回 武田  敏治

高校   5回 佐久間俊治 高校   5回 高橋  恒清
高校   5回 御嶽  厚 高校 10回 椎野 一征 高校 14回 太田  幸洋
高校 17回 小島   秀樹 高校 20回 近藤 秀丸 高校 20回 勝俣     洋
高校 23回 小野沢 力 高校 23回 小川  雅章 高校 24回 門松 廣司
高校 25回 朝倉  隆 高校 29回 鈴木  輝元 高校 31回 石塚    敦
復活小田高柔道部「強化練習に参加して」
(平成16年6月15日 火曜日 於 小田原スポーツ会館)  武田敏治(高校5回卒)
 
梅雨の雲間からの陽差しが暑い夏の到来を告げる。今日は店の定休日、練習開始の午後1時過ぎにはスポーツ会館に着いた。 柔道場では、すでに稽古前の準備運動が始まっていた。道場の入口で“コンニチハ”と声を掛けると、リーダーの号令で私の前に11人の部員が勢揃いした。直立不動の姿勢で“本日はよろしくお願いします”とキビキビした口調で、初対面の挨拶も好印象だった。一糸乱れずの全員の姿勢、きりっとした顔つき、その表情に圧倒され、若い躰からほとばしる熱気が私を包み込んでしまった。
顧問の込山先生から“私が生まれる前から柔道を始めた先輩は、戦後の柔道部創立時の中心的存在だった。本日は復活した母校柔道部の稽古を是非、拝見したいということでお見えになった。稽古のあとには創立以来の柔道部の足跡や、小田原に於ける柔道の歩みなどについても、お話をいただける予定になっている”と紹介された。
気合いを込めての受身、打ち込みが始まった。真剣な眼差しの1人ひとりの顔が輝いて見える。 こんなに一心にとり組む高校生の集団を見たのは久しぶりというより、かつて小田高の柔道部でこのような気迫のこもった練習風景に接したことがあったろうか、過ぎし日々をふり返ってみた。眼の前の小田高生の顔付きを見ていると、町でたむろしている無気力な同世代の集団が、別世界の群集のように思えた。スポーツ会館で稽古を積んでいる米山 博も、茂村 亞久理も柔道部の中枢となっているようだ。打ち込みが終わって一呼吸入れ、乱取りが始まった。私も参加した。懐かしい顔がとび込んできた。小学生時代の面影が残る青野壮馬、可愛かったあの子も逞しい高校生に変身していた。凛々しくなっていた。“さあ、青野、久しぶりにやろう”と声を掛けた。力もつき、技も動きも高校生らしくなってきた。稽古が終わって汗を拭った。窓から吹き込む初夏の風が心地よく“先生、強いですよ”と年を重ねた私を労るように、笑顔でねぎらってくれた。あどけなかった小学生も、高校生になった証をみせてくれた。込山先生からも、70歳を迎えようとする人とは思えぬ足さばきと、うれしい励ましを頂いた。乱取りのあと寝技の秘策を込山先生が指導、その後、私が50年間の柔道人生のなかで自分なりに考えた「背負投げ」と「大内刈り」の連係動作のこつ(要領)を米山 博に受けになってもらい教えてやった。
専門家の込山先生の前ではためらいもあったが先輩冥利として大目に見てもらった。込山先生の“先輩の高度な技は、高校生では使いきれないでしょう”と胸の内をくすぐるような嬉しい評価に、息切れしている我が身が若さをとり戻してくるようだった。最後に道場の中央に輪になってもらい、昭和26年の「高校柔道復活の唄」と「竹添進一郎と文武館創立」について話したが、私に注目する真剣な高校生の眼差しに圧倒され、口の中も乾いて講義の運びは60点。正座で聞いている部員に、楽な姿勢でと促すと、大きな声で“失礼します”と足を崩した。その返事と足を崩す時の動作がまたきびきびしていて気持ちが良かった。逞しさと気品を備えた真摯な態度を評して「江田島健児」を見ているようだと、いつか、そのような表現のできる高校生に出会いたいと思っていたが、今日はその望みも叶えられた。込山先生の卓越した指導力が小田高柔道部発展の原動力となって、高校柔道のあるべき姿を大切に、母校に華を咲かして欲しい、そう願わずにはいられなかった
現役部員からOBへのメッセージ
OB会の皆様へ   米山 博士

初めまして。小田原高校柔道部の部長をしている、2年の米山博士と言います。今年度から、休部状態だった柔道部も再始動ということで、私もできるかぎりの事をして、伝統作りができるよう頑張りたいと思います。しかし、このように部活ができることも、OB会の皆さまや、込山清先生のお力添えあったからこそだと思っています。本当にありがとうございます。今現在、柔道部は部員12名、マネージャー1名という再部1年目としては考えられないくらいの人数が集まっており、込山清先生のご指導のもと、互いに切磋琢磨していきます。これほどの人数が集まり、1人として欠けずに部活を続けられているのは、小田原高校生徒の武道や伝統といったものへの関心の高さもあるとは思いますが、偏に、込山清先生のご指導のたまものであると思っています。柔道部再部の きっかけも、込山清先生突然の「熱い」電話によって、私が迷う暇もなくあれよあれよといううちに、形ができてきたのですから、今考えてみても、すごく貴重 な偶然があったのだなと感慨深く思います。この貴重なきっかけを、大切に大きくしようと気持ちを新たに頑張っていくつもりです。今後は、また1年生も入っ てきて、これまで以上ににぎやかに、楽しく、激しく部活に取り組んでいきたいと思います。とりあえず、今度入ってくる1年生は強いそうなので、せめて先輩 としていられるようにはしたいので、これから春に向けて、今まで以上に部活があるということを大切にして頑張っていきます。OB会の皆さまも、私達を今後 も見守っていただけたら幸いです。

OB会の方々へ   佐々木 貴広
僕は、小田原高校柔道部2年、一応副キャプテンの佐々木です。実は、結果的には残りませんが、僕も柔道部を創る運動を米山君と一緒にしました。なぜかと言うと、僕は高校に入ったら柔道をしたいと思っていたのですが、残念ながら小田原高校には柔道部が無く、柔道ができませんでした。しかし、調べてみるとスポーツ会館で柔道ができるということなのでそこに行くことに決めました。そこで米山君と知り合い部を創ろうとしました。2年生になって込山先生が来てくださってようやく部ができた時はとてもうれしかったことをおぼえています。部ができて部員も12人に増え、練習を重ねると、素人だった自分達はそれなりに形になってきて柔道の楽しさがより増しました。夏になると、始めて柔道の 合宿を経験しました。この合宿は自分にとってとても貴重な経験となり、そして良い想い出になりました。冬になり、また合宿を経験すると、夏とはちがう試合 に対する課題などを持ち臨むようになりました。最近では、前に比べ強い相手とできるようになり、学ぶことがたくさん出てくるようになりました。徐々に強く なれているので、目標もそれにつれて上げていきたいと思っています。最後に、OBの皆さんが自分達を助けて下さっていることにとても感謝しています。なの で、自分がOBになって後輩達のために補助をしてやりたいと思っています。これからも小田原高校柔道部をよろしくお願いいしたいと思います。
OB会の皆さまへ   今村 裕樹
OB会の皆さん初めまして。小田原高校柔道部2年の今村です。僕達は、OBの方々からいただいた投げ込みマットやベンチプレスなどの筋力トレーニングの器機を使い、日々練習に励んでいます。僕は柔道は中学生の時に体育の時間に少しだけやったことがあるだけだったので、ろくに受け身もできず、技もよく知りませんでした。高校2年生の4月に柔道部に 入部し、受け身を覚え、技も覚えました。しかし、チームの強い人と乱取りをやってもすぐ投げられてしまい、試合にでてもすぐに負けてしまいました。ところ が、込山先生やOBの方々の指導や応援によって、だんだんと力がついてきて、最初のころは試合に出ても1分もしないうちに負けてしまっていましたが、だん だんと試合時間が長くなり、柔道らしくなってきました。合同練習や合宿などで、他校の人と柔道をしてさらに力がつき、去年の12月には昇段審査に受かり、念願の黒帯になることができました。込山先生から黒帯をプレゼントされて、それをしめたときはとてもうれしかったです。柔道部に 入ったときから、、黒帯をしめるのが目標だったので、それがかない本当にうれしかったです。この間、左の耳がつぶれました。つぶれたときは、少し触っただ けでも痛く、とてもつらかったですが、これは練習jを一生懸命やっていたからできたものなので、とてもうれしいです。それにこれは柔道をやっていた証として一生残るので、将来自慢できるかもしれません。柔道部は 上下関係があまりなく、よく部活後にラーメンなどを食べに行ったり、カラオケやボーリングなど遊びにもよく行きます。このように仲がいいので団結力も強 く、厳しい練習にも耐えることができます。このようにとてもいい部活なのでOBの方々も是非、練習場に来ていただき、稽古をつけていただいたり、いろいろ なお話をしてください。楽しみにしています。これからも指導、応援、支援などよろしくお願いします。
OBのみなさまへ   遠藤 俊一郎

小田原高校の柔道部が 復活して、もうすぐ1年がたとうとしています。長い間、部活が休止していたため、部室はもちろん、いろいろな道具もない状況でした。そこへ、OBの方々 が、マットを贈って下さったり、飲み物を差し入れて下さいました。その上、OBの方々自ら稽古をつけて下さりとても勉強になりました。僕は中学時代、柔道と縁がありませんでした。しかし、興味はあったので、小学生の時に市で、柔道を教えてくれるというのを聞き体育センターまで、行ったことを思い出します。高校に入学して、いろいろな部活 動を見学している時に、友達に誘われて、やってみようと決心しました。そして、自分でも健康を維持し、精神的にも鍛えたかったので、入部してよかったで す。道具や何かを一切使わず、体と体で組み合い、技の掛け合い、かけひきのおもしろさを感じるようになりました。また、少しの力で相手を倒せることが、と ても不思議でした。一緒にやっている仲間達も、熱心に取り組んでいるので、「自分もやらなければ」という気になります。お互い、切磋琢磨して技に磨きをか けています。指導して下さる込山先生も、熱心で教え方が上手なので、4月の頃に比べると、格段にうまくなったという気がします。もうすぐ2年生になるの で、後輩を勧誘して、伝統ある小田原高校柔道部を継続していきたいと思います。精神力、忍耐力、体力、礼儀など将来自分が生きていく上で、柔道を やっていてよかったと思えるような活動をしていきたいです。また、「文武両道」といいますから、部活だけでなく、勉強の方も頑張っていきたいと思います。 これからも、仲間達と先生とともに、日々がんばって練習していきたいと思います。また、御来校され、いろいろご指導下さい。

OB会のみなさまへ   西上 直孝

まず昨年から今年にかけて柔道部復活を祝い、数々の支援をしていただきありがとうございます。今、柔道部で は怪我をしている人もいますが全員で精一杯取り組んでいます。部員の他にもマネージャーも加わったり、部室が大きくなったりとどんどん部活として発達して います。練習では、OB会の方々が購入して下さった投げ込み用マットを利用して、効率の良い練習をしております。また、先生の他にもOB会の方で練習を指 導していただいてるおかげで自分自身の技術が上達しているのがよく分かります。部活内の雰囲気はとても明るく、練習も楽しく有意義なものになってます。先 輩後輩の仲も良く、部活動以外の場面、例えば昼食も一緒に食べたりしています。その食事の時や休み時間に寄付して下さったベンチプレス器具やダンベルなどを有効的に活用させていただいてます。そして、学校以外での部活 動、例えば他の学校での練習では他の学校の生徒とも仲良くなったり、自分たちが知らない技や得ていない技術を親切に教えてくれたりします。そういう校外練 習や合宿ができるのは先生のおかげだと思います。普通の練習はもちろんですが、学校の外に出た時に先生の大切さがより分かるような気がします。なので、先 生にはいつも感謝の気持ちを持ち、言われたことを取り入れて練習しています。こうした楽しく集中できる練習や柔道を通して大切な仲間が作れたのもOB会の方々のおかげだと思っています。柔道部復活のために努力していただいたり、復活後も練習を見に来てくれたり、差し入れやトレーニングマシーンなどを柔道部のために提供して下さって本当にありがとうございます。これからも自分はもちろん、柔道部員全員で精進してますます発展していきたいと思いますので、応援よろしくお願いします。もしよければ柔道部の練習を指導しに来ていただけると嬉しく思います。

OB会の方々へ   鯉田 俊昭

「こ んにちは」僕は、1年の鯉田 俊昭です。いつもお世話になってます。ありがとうございます。僕の将来の夢は、ブラックジャックのようなふつうの医者になる ことです。なぜ僕が、ブラックジャックみたいな医者になりたいとゆうと、1,腕が良い 2,カッコイイ。 3,お金をいっぱい持っている。の3つです。実 は、医者になりたいと思ったのは、だいぶ前で、自分は、昔からぜんそく持ちで、病院に通院してました。そこで、人を助けている医者がかっこよく見えてなり たいと思いました。ここからは柔道について話します。ぼくは、中学校の頃、バスケをやっていて、もうほとんど柔道と は無縁だったのですが、友達にすすめられたのと、練習風景を見て、すぐ入部を決めました。はじめの頃は、すごい練習がきつくて、いやになったこともありま したが、じょじょに練習にも慣れていって、のめりこみました。試合などで、少しずつ強くなっていく自分を実感できるのが、たのしみでした。この前の、武道 館の合宿の試合では、黒帯を倒すという目標を達成することが出来ました。時々、中学校の友達にあったりすると、体ががっちりしたなぁ〜と言われることが あって、あぁ〜やっぱり自分は、柔道マンになったんだと思ったりしています。これからは、将来の夢にむかって、柔道でつちかった、集中力と気合いで、勉強にはげみ、夢をつかみたいです。最後に本当に柔道が好きです。

OB会の皆さまへ   1年 青野 壮馬

初めまして、柔道部1年の青野壮馬です。投げ込みマットや、その他色々ご支援ありがとうございました。お陰様で筋力も上がり、柔道の技術も向上しました。本当にありがとうございます。私は小学生の時、スポーツ会館で多くの先生方から柔道の指導を受けました。柔道を始めたきっかけは親に勧められたからなのでその頃は正直あまり柔道が好きではありませんでした。なので、中学進学と同時に柔道をやめ、今度lは野球部に入り、野球を始めました。しかし、柔道をやめてから1年位たってから急に柔道が恋しくなりました。そして中学を卒業し、小田原高校で柔道をまた始めました。入学前は柔道部があることを知らなかったので、柔道部を創ろうと思っていました。しかし入学すると、小学生の時一緒に柔道をやっていた米山博士先輩や茂村亜久理君も小田原高校生でした。そして、米山先輩から柔道をやらないかと誘われた時は本当に嬉しかったです。そして同じ中学校だった西上直孝君と秋澤孝通君も柔道部に入らないかと誘うと2人共、入部すると決心してくれて、部員が2人増え、その後も増えて、現在では2年生が3人、1年生が9人、マネージャーが1人で合計13人になりました。今も皆一生懸命柔道に励んでいます。私も一生懸命がんばりたいのですが、昨年の7月10日に右鎖骨を骨折してしまい、さらに11月5日に左股関節を脱臼してしまいました。柔道復帰は今年の4月頃だと思います。それまではマネージャーとして選手を支えていき、体がなまらないように筋トレを沢山して力をつけて、復帰したら思いっきり柔道を楽しみたいと思います。ですが本当に復帰の日が待ちどうしいです。みんながどんどん強くなっていくのを横で見てるだけなのはとてもつらいです。悔しいです。なので、復帰したらこの悔しさをバネにして頑張っていきたいと思います。そして大学に行っても柔道を続けていき、いつかは教える立場になりたいと思います。これからも色々お世話になると思いますがよろしくお願いします。

OB会の方々へ  1年 佐藤 玲惟

僕が柔道を始めた理由は、祖父が昔、警察官だった頃の写真を見せられたからでした。そこには上半身が裸で筋肉のとても引き締まった祖父の姿がありました。僕はそれを見てやっぱり若い時に体は鍛えなければいけないと思い、祖父もやっていた柔道を 迷うことなく、始めました。しかし、最初は思うようになかなか出来ませんでした。今だ!と思った時に技が出せないことばかりで、一日の乱取りで一度も相手 を投げることが出来ない日が続くこともしょっちゅうありました。でも、込山先生の指導により、最近は相手をうまく投げることが出来るようになりました。そ して念願の黒帯も取ることができました。OBの方々に買っていただいた投げ込みマットは、部活をする上で欠かせないものになっています。また、べんちぷれ すなどの様々なトレーニング器具も買っていただき、本当にありがとうございます。トレーニング器具が部室に置いてあることで、常に自分は柔道部なんだ、格闘技をするんだ!という自覚を持つことが出来、トレーニングだけでなく、精神面も磨かれているような気がします。柔道部の部員は仲が良く、格闘技の部活とは思えないほど部活以外の場では穏やかな人ばかりです。しかし、柔道をやる時は皆、眼が真剣になり、闘志が溢れています。まして、みんなとても真面目に練習をするので、一日一日練習を重ねる度に柔道が上達するのを感じます。しかし、柔道をやっていても、嫌なことはあります。柔道を 始めてから、食べる量が今までの比じゃありません。食べることは好きなのですが、一ヶ月のこづかいの100%が食べ物に費やされてしまいます。だから、親 も弁当を作るのが大変そうです。でも、やっぱり食べないと強くなることも出来ないと思うので、小遣いの100%をこれからも食べ物に費やしたいと思いま す。本当にいろいろとお世話をしていただきありがとうございます。これからも応援よろしくお願いいたします。

軽いことは、弱いことじゃない  剣持 龍一

現在、身長170cm、体重51kgの自分です。中学校時代は卓球部に所属しており、柔道とは無縁でした。高校で は卓球はやらないと考えていて、どの部活に入ろうか悩んでいたところ、部長の米山博士先輩に誘われ、楽しそうだなと思い入りました。始めた時は、体重が゙ 45kgととても痩せていました。練習では、みんなに何度も投げられ自分が相手を投げたのはほんの僅かで、筋トレの時も一番軽い重さでも上げることが出来 なかったのもありました。正直に言って、辛かったです。夏に入り、他校へ遠征する日々が続きました。いつもとちがう相手と練習する新鮮を感じました。そし て、初めて自分と同じくらいの技量の人とやりました。投げられた時もありましたが、投げた時もありました。やっぱ自分の得意技の背負い投げが決まると、う れしいものです。夏が過ぎ、体重の増量の仕方なに悩んでいたところ、栄養講習会が催されました。部活面のところだけでなく、日常生活でも役にに立つことも 聞けて大変よかったと思いました。今では、ちゃんと練習後や寝る前にプロテインを飲み、体重が着々と増えていることに、よろこびを感じています。12月に は、自分以外のみんなが黒帯を身に付け練習するようになりました。自分は、昇段審査の紙を見ると、負けを意味する三角の印ばっかりです。焦りました。そし て、武道館チャレンジという、試合合宿がありました。込山先生が、白帯相手と中心に試合をさせてもらいました。そして、何度かやっていくうちに、力の無い 人のプレースタイル分かってきました。そして、見事試合で勝つことが出来ました。自分は、小田原高校の 中では一番弱いとされています。公式試合の団体には、一度も出場したことがなく、毎回補欠です。しかし、こんな自分も23日の昇段審査で黒帯をとることが できるかもしれません。あと、一回引き分ければよいのですが、全部勝つ気で行こうと思います。最後に、OB会の皆様、投げ込みマットやペンチプレスなど色 々な物を買って下さいまして、ありがとうございます。大切に使わせてもらっています。今後ともよろしくお願いいたします。

樫柔会の皆様へ  小山田 圭佑

樫柔会の先輩の方々、はじめまして、自分は、小山田圭佑と申します。私たち神奈川県立小田原高等学校柔道部の 部員は、一週間に3回の稽古、そして1回の筋肉トレーニング、あわせて4回の練習を行っています。どの練習も非常に密度の高い練習行っており、どの練習も 部員全員一生懸命に日々練習しており、そして、その中で樫柔会のご支援により購入した、マットそしてベンチプレスがおおいに役立っています。皆様のご支援 本当にありがとうございました。私は、小田原高校に入学するまで、柔道は中学校の体育の授業でやっただけで、特に、上手だったわけでもないし、特別好きでもなく、逆にかったるいものでした。部活もその頃は、「卓球部」に所属していて、夜は塾に行きというおよそ柔道とは縁のない生活を送っていました。そんな私がこの小田原高等学校に入学しました。それでも特に柔道部に入ろうとは思っておらず、はじめのころは卓球部に仮入部していました。しかし、私は、実際のところ卓球にはセンスがなく、中学の頃の卓球の大会でも、私の在籍していた、秦野市立渋沢中学校は市内でも最下位を争うような弱小部でした。そういうわけで、小田原高等学校に入学した頃には、卓球に対してあまり興味が無くなってしまっていて、卓球部に入部しようかは迷っていたところでした。そして、私が柔道部に入部したきっかけとなったのは、小田原高等学校に入学して、はじめて友人になった、同じ部員で、同じクラスの、剣持龍一君です。まだまだ学校生活にも慣れておらず、ちょうど卓球部に入部するかしないか、迷っていたころでした。そのときに彼に柔道部に 勧誘されたのでした。はじめは半信半疑で、とりあえず考えてみる。とだけしか答えませんでした。そして私は自宅で考えました。そして、私のだした結果は、 「新しいことに挑戦したい」というものでした。そんなこんなでもう1年が過ぎ、昨年9月には昇段試験にも合格し、本当にあっという間にここまできました。 もちろん辛いと感じたこともありました。でも今はとても充実しています。これからもつづけていきます。きっとこの経験が実を結ぶ時が来ると思います。柔道が好きです。ご支援ありがとうございます。これからも頑張りますのでどうぞよろしくお願いします。

OB会の方へ  秋澤 孝通

4月から柔道を 始めて、そろそろ10ヶ月です。受け身から始めた4月の頃と比べると、技術、肉体、精神、どれも数段上がってきていると思います。これもOB会の皆様のあ たたかいご支援があったからだと思います。投げ込みマットやトレーニング器具など、どれも有効に使わせてもらっています。特に投げ込みマットが届いてから はとても練習がやりやすくなりました。本当にありがとうございました。さて、ここらへんで僕の自己紹介をしたいと思います。僕は小田原高校1年9組の秋澤孝通です、理系です行きたい大学は絶対に国公立の大学で、興味のある学部は、理工学部と医学部関連です、それに現役合格したいと思っています。柔道は4月に初めて9月に試合で初勝利をして、9月、11月、12月と3回審査をして12月に昇段して、念願の黒帯となりました。僕は部活動と勉強の比率は、4対6くらいで頑張っています。それは前に述べた、「国公立大学現役合格」という僕のこの高校に 入った目的ともいえる目標を達成するためです。そのためには最大限の努力をしていくつもりです。しかし今の成績はあまり芳しくなく中の下のあたりでうろう ろしています。楽しい学校生活ですが、それが唯一の悩みになっています。しかしかきらめず試行錯誤して勉強のやり方を変えたり、時間や場所も変えながら目 標に向け、しっかりと確実に学力を身に付けていきたいと思っています。それに今の高校生活の中で自分の適性や、将来自分が本当にやりたいことを探し、見つ け、その夢に向かう進路を見定めてはっきりとした将来の自分の姿をイメージできるといいです。また部活 動も努力を怠らず。1回1回の練習を大切にして取り組んでいきたいです。今の僕の課題は全力を出し切りながら最後まで試合をする、ということなので乱取り は特に集中してやっています。これからも部活も勉強もともに頑張っていきたいと思うのでOB会の皆様、応援よろしくお願いします。

やりたかった柔道   1年 茂村 亜久理
僕と柔道の出会いは小学校1年生の頃です。小田原スポーツ会館で6年間続けていました。中学生になり、部活に柔道がなかった僕はサッカー部に入部しました。練習はきつく、なかなか道場へ通えずにやめてしまいました。中学での3年間、僕は柔道と無縁の生活を送っていました。僕は心の底ではまた柔道がやりたいと思っていました。しかし、今さらスポーツ会館へ行くのも気が進みませんでした。そこで、僕は「高校で柔道をやろう!」と思い、柔道部のある高校へ行こうと考えました。しかし、柔道部のある高校は少なく、更に、勉強も頑張りたい僕に、この条件は難しく、迷いました。そんな中、調べていると平塚江南高校が僕の条件に一致しました。けれども学区外ということであきらめてしまいました。小田原高校に入学することになり、僕は、中学の時やっていたサッカー部に入部しようと思いました。ここで、僕は柔道部ができるという事実を聞きました。さっそく柔道部に入部しました。このとき、「これで柔道がやれる」ととてもうれしかったです。今では平塚江南へ行かなくてよかったと思っています。まさしくこれは僕と柔道の運命的出会いでした。僕が入部した当初は、4人しかおらず、不安でした。しかし、他にも僕達と同じように柔道を やりたいと思っている人は多く、部員もだんだん増えていきました。練習は顧問の込山先生の熱心な指導のもと週4日ではありますが、身の入った練習ができて います。日を増すごとに厳しくなる練習に、僕は充実した毎日を送っています。こんなに素晴らしい高校生活が送れるのは、何を隠そう、込山先生、OBの方々 のおかげです。大変感謝しています。小田原高校柔道部には長い歴史があり、それをこの5年間、休部という形となってしまい、残念だったと思います。しかし、今、新しい小田高柔道部として復活し、更に僕がその一員となれることを光栄に思います。先輩方の残していただいた伝統を大事にし、大好きな柔道を通し、人間として精神を磨いていきたいと考えます。これからOBの方々には様々な場面で協力していただくことがあると思いますが、ご指導のほどよろしくお願いします。